主教教書(5) 「新型コロナウイルス感染症による不安な時にあたり」


日本聖公会東京教区
各教会・礼拝堂・教役者・信徒の皆さま

新型コロナウイルス感染症による不安な時にあたり


2020年3月21日

東京教区主教
フランシスコ・ザビエル高橋宏幸

 ここ二度の主日には通常のように教会、礼拝堂に集まることができませんでした。私たちはそれぞれ異なった場所で祈りを捧げるとしても、その祈りは決して個々人の祈りではなく、教会共同体の祈りとなり、それは祈りの輪、祈りにおける連帯を形作り、主イエス・キリストと父なる神様との交わりに重ね合わされ、聖なる捧げものとされます。
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ(ヨハネ15:5)」という主イエスのみ言葉を一層力にしたいものです。

 私たちキリストの教会は、祈りを止めることは決してあり得ません。殊に、今は私たちにとって信仰の鍛錬、霊的闘いの時でもありますが、同時に聖パウロが力強く伝えていますように「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい」(テモテへの手紙Ⅱ4:2)「あなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい(4:5)」への一層の応答の時にもなります。

 公祷の休止こそなされておりますが、会衆が集えずとも教役者は教会、礼拝堂を代表し礼拝と祈りを各教会、礼拝堂で守っております。従いまして、教区内に全ての教会、礼拝堂から一切の礼拝や祈りが消えたわけではありません。また、このことは教役者個人の霊的養いや訓練に止まるものではなく、キリストの教会と全世界のための祈り、信仰の業でもあります。

 それぞれの場所での一人一人の祈りの内にキリストと繋がり一致を求めることは教会の大切な伝統です。
 この前代未聞の困難な時こそ、福音宣教、み言葉を宣べ伝えるという使命を忘れることなく、様々な不安や戸惑いを乗り越え、感染拡大を防ぐべく、私たちはキリスト者として各々の場所で、一人で祈っている時でさえも、主イエス・キリストの体である一つの共同体に結ばれて続けているという信仰を共にし、確かめ合いたいものです。個々の信仰や霊性の大切さももちろんですが、そこだけに止まらず互いの配慮、「God First You Second I Third」を、キリストにある私たちの一致の指標にしたく願います。

 また、3月20日に開催しました「聖職会」での現況報告の中、聖アンデレ主教座聖堂ホームページを通して「自宅で行なう主日礼拝」「礼拝の行なわれない主日のために」をはじめとして情報の提供のみならず、各教役者による大斎講話のホームページによる配信、メール、FAX、郵送による説教送付などを確認し合いました。また、手紙や電話による信徒の方がたへのケア、祈りと黙想、み言葉に向き合う時間の増加など、教役者各々の賜物を活かした形での聖務遂行を分かち合い、励まし合っていることへの敬意と感謝、喜びは禁じえません。

 この状況の下、自宅で祈られることも命を守り合うことに通じます。祈りと信仰の営みを支えるために、聖アンデレ主教座聖堂ホームページを通して「自宅で行なう主日礼拝」をはじめとして、情報提供をしてまいります。これまでにない形ではありますが、共に祈り合うことによる連帯や信頼の中に主がおられることを強く信じます。

 感染症に罹った方々の一日も早い回復と医療従事者のお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方々への支え、逝去された方々の魂の平安と悲しみの内にある方々、感染の収束を切にお祈り致します。

 なお、今後の公的機関からの情報や推移を注目しながら、3月29日以降のお知らせは3月25日(水)を目途に発信いたします。

 また、私たちのために主イエス・キリストが祈っておられることも覚え、支えにしてまいりましょう。
「聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです(ヨハネ17:11)」

 使徒聖パウロも教えています。
「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです(Ⅰコリント12:26)」
「同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしの喜びを満たしてください(フィリピの信徒への手紙2:2)」